OTK .com No.000 映画「竜とそばかすの姫」レビュー
皆さま、こんにちは
中の人ことじゃげです
私がただただ自己満足で
ポップカルチャーについて語る
OTK.com
満を辞して第0回のスタートとなります
記念すべき最初にお届けするのは
劇場アニメーション
「竜とそばかすの姫」
の自己満レビューをお送りしたいと思います。
※この作品の紹介・見どころ・感想などにはネタバレ含む個人の感想が強く反映されている点がございます。
あくまでアマチュアの戯言として温かい目で読んでいただければ幸いです。
あらすじ
高知県の田舎町に住む女子高生
すずは幼い頃に
母を事故で亡くして以来
大好きだった歌を歌えなくなり
父との関係にも溝が生まれていた。
母との唯一のつながりとなってしまった
作曲だけが生き甲斐となっていたすずは
ある日、親友のヒロの誘いで
全世界で50億人以上が集う
超巨大インターネット空間の仮想世界
〈U〉にベルという
〈As〉(アバター)で参加。
そこでは自然と歌えたすず(ベル)は
自ら作った歌を披露していくうちに
歌姫として世界中から注目を集め
遂にはコンサートが開かれる。
しかしコンサート当日に事件が発生
突然謎の竜が現れて
コンサートは台無しになってしまう。
だが、ベルはそんな竜が抱える
大きな傷の秘密を知ろうと接近し
竜もまたベルの優しい歌声に
少しずつ心を開いていく。
そんな中、世界では「竜の正体探し」
が動き出す。
見どころ
その①
スタジオ地図・細田守監督にとっての集大成的作品
本作品は、細田守監督と
齋藤優一郎プロデューサーが
スタジオ地図を設立してから10周年という
節目の年に公開となる映画である。
また、細田監督自身も50代を迎え
長編アニメーション監督としての
キャリアが一つ節目となった。
よく、岡田斗司夫さんなんかも口にしてるが
映画監督は大きな節目を迎える時に
自身の集大成となる作品を制作する
傾向がある。
なんてあるように本作品はまさに
細田監督作品の集大成として
重み付けされた作品となっている。
没入型仮想空間を舞台にしたあたりなんかは
間違いなく自身の転換期となった
マッドハウス制作品
「サマーウォーズ」
を連想させるし、過去作品からファンは
予告当初から期待を膨らませていたのではないだろうか?
その②
キャラクターデザイン・映像・音楽など
多方面での新たな試みから生まれた
「Belle」
という圧倒的ミューズの誕生。
本作品2つ目の見どころとして映像・音楽
諸々の表現技術の新境地が
垣間見えたところにあるだろう
映像面で言えば
セルルック3DCGを見事に駆使することで
サマーウォーズ時代の「仮想現実の違和感」を
見事にアク抜きした仕上がりとなっていた。
セルルック作品は
東映とニトロプラスの合同制作映画
「楽園追放」
なんかが有名だが、本作は仮想空間内の
登場アバターの数もおびただしく
圧巻の一言であった
また、表現技術もかなり向上しており
Belleの歌唱時の表情の3Dモーションには度肝抜かれた
デザイン面で話すと
歌姫Belleのキャラクターデザインは
ディズニー作品では常連のジン・キム氏を
迎え、今までの細田作品にはない
インパクをを与えている
そして、楽曲面では
今作品の劇中歌として
リードソングの役割を担っている
「U」は
King Gnu(キングヌー)
常田大希が率いる
millennium paradeが参加している
これら、映像・デザイン・楽曲が
見事に組み合わさり
主人公のもう一人の姿とし描かれる
Belleは同時に映画全体のミューズとなり
多方面のユーザーの興味を引く存在と昇華している
このようなマーケティングを意識した
映画制作は今までの細田作品では
類を見ない新境地と言えるだろう
感想
ここからは総評となるが
本作品の個人的な感想は
「見どころは多いが、映画全体としてはサマーウォーズ以下。」
となる。どうか皆さん怒らないで欲しい
そもそもそこを引き合いに出すな!!
という声がどこからか聞こえてきそうだ
だってしょうがないじゃないか
すごく面白いけど
得るものがないんだもの
良かった点
よかった点については、もう散々上記したので
ここで多くは語らないが、映画冒頭10分の
空飛ぶクジラの背に乗った
Belleの歌唱姿を見ていだだければ良い
私の伝えたいこと全てが描かれている
悪かった点
技術面での目を見張る進化
が多かった反面
本物語の問題である
脚本の脆弱性がより目立つ
その一番の要因として
キャラクターそれぞれの行動・言動が
飛躍しすぎていることである。
例を挙げると、主人公鈴は
幼い頃に知らない子供を助けるために
帰らぬ人となった母の心情を
理解できないまま
女子高生になるわけだが結局
その感情を理解する特異点を迎えることなく
物語の終盤には自身のアンベイル(正体晒し)
を実行し、かつての母同様に自己犠牲を持って
竜へのコンタクトを図る。
さらに、親友の弘香は
鈴の良き理解者と
公式サイトで紹介されているが
物語中には彼女の心境にブレーキをかける
存在としてしか描かれておらず
むしろ、後からポット出の瑠果や、忍
の方が彼女を後押しする立ち位置
になっている始末
それぞれのキャラクターの心理的な
ディテールまで作り込めていない印象だ
また、行動そのものにも現実味がなく
鈴がクライマックスで竜の正体に気づき
助けに向かうため奔走するシーンでも
周囲の大人たちは駅まで車を出すだけ
父親は行ってこいの一言と
ちょっと泣ける台詞を吐くだけという
あまりに現実とかけ離れた演出に
「結局みんなその程度の絆なの?」
と首を傾げてしまった。
その他にもペギースーとか
合唱隊とか
カミシンとか
竜の設定とか
ぜんぜん上手く使えてなくね?
etc…
突っ込みどころ満載なのだが
こうした
演出設定のまとまりのなさが起因して
本物語のテーマって何さ?
となってしまっている。
実際のところ私も未だにわかっていない
当初私は、この物語は
「自己犠牲と他者の理解による鈴の成長」
がテーマだとすっかり思っていた。
夏休みの貴重な時間を
使って来てくれた子供には
よくわからないけど自己犠牲
ってこういう意味なんだ
こういう大人になりたいなぁ
って思ってもらって
親御さん達には
子と一緒にそれを学ぶと同時に
一つの親像を通して子に何を残すか
を考えさせられる
みたいなメッセージを間接的に
作品に落とすと思ったのだが
私の読解が至らないのか
全くそういうものは見受けられなかった。
やはり細田監督の脚本には
奥寺佐渡子さんが必要なのでは?
と思わざるを得ない。
最後に
いかがでしたでしょうか
評論体でのブログうざかったんではないでしょうか?笑
個人的に思うところはありますが
やっぱり夏は細田監督作品ですね!
もし皆さんの中に映画を観られた方がいたら是非、SNSなんかに感想を頂ければと思います。
それではまた
じゃげ